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隈部氏館跡

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約500年前、菊池一族隆盛の頃に築かれた山城で、城主は隈部氏。
館跡には数棟分の家屋礎石が並び、泉水跡、庭園跡等も発掘されました。いまでもその原型を留めている。
庭園は室町時代の作庭と推定され、中世庭園の姿をそのままを伝えています。
春には桜、ツツジの名所として多くの人が訪れます。

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山城は標高340〜370mの山腹に南北60m、東西85mの平場に築かれていました。
ここからは菊地平野が、遠くは金峰山、さらに天気のよい日は、雲仙岳を見ることができます。

永禄2年(1559年)に合瀬川の合戦があった際、「隈部親永出陣の書」には合戦への決意が書かれた、墨跡が残っていて現在も大事に保管されています。
隈部親永氏が5月にこの館から出陣するときには、ツツジの花が咲き乱れていたかもしれません。

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隈部神社は主郭の東西に建てられました。現在の神社は昭和11年建立。当時も神社が祀られていたと思われています。
背後には小規模な堀切が残っています。

また背後の北方の山には、猿返し城(山城)、米の山城の跡があります。土塁や曲輪状の削平地が残っていて、共に隈部館の監視網を構成する砦として、重要な役割を果たしていたものと推測されています。

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隈部館の堀切は山腹に全部で6本あったといわれています。
現在残っているのは、主郭南下に1本、神社の背後に2本、長さ35m、幅は上場4.5m、下場2.0mに及んでいます。
山城には、堀切が数多く残っています。おそらく敵の侵入を防ぐために築かれたものであろうか。
ツツジが美しく咲きみだれます。

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場所:上永野地区。
【アクセス】
あんずの丘より北東およそ4km。
 あんずの丘より車で約15分。
 駐車場、トイレ完備。

 

◆2009年7月、国指定史跡に指定されました。


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